目先の利益より“永く続く”会社を増やしたい!
百年企業型経営コンサルタントの青木 忠史(あおき ただし)です。
【お坊さんを目指して日々精進中】
「百年企業型経営」は、誰でも取り組んでいける経営法です。特殊な能力のある上位数パーセントの人ではなく、しっかりと原理原則に則って経営に取り組んでいけば、9割の経営者が実現可能と言えるでしょう。
身の丈にあった手堅い経営で、永く続いている百年企業は、みなさんが思っている以上に身近に多く存在しています。
今回の百年企業の例は、1903年(明治36年)から創業120年をこえる「建装工業株式会社」をご紹介させてください。
社会とお客様への貢献を最大テーマに、その役割を果たすべく、着実に進んでいる企業です。
塗装というコアコンピタンス(他者/他社に真似できない核となる能力・強み)を元に、時代の先端にあるニーズを捉えながら、100年以上その事業を続けています。コアコンピタンスに基づき、地道に組織が成長を遂げてきたのです。
創業期:創業から25年
「建装工業株式会社」の歴史を具体的に説明しますと、創業から25年程度を「創業期」と名付け、当時の有名な建築物を次々塗装しました。
私鉄の開業が相次いだ昭和初期には車両塗装も積極的に着手。第一次世界大戦時は工業分野の塗装を手掛け、石油が販売され始めた頃にはガソリンの移動販売タンクの塗装を手掛けました。
次の20年期、1944年あたりまでは、各地の工場の塗装・軍需工場の塗装を手掛けるようになり、工事現場を通して新たな取引先との出会いを開拓していきました。
成長期:戦後の復興期
戦後の復興期は「成長期」と名付け、当時の帝国ホテル・八重洲ビル・国際劇場・松屋デパートなどを手掛け、大林組、大成建設等とのお付き合いも始まり、発電所、船舶塗装、プラント塗装、橋梁塗装など幅広く手掛けるようになり、1960年に完成工事高日本一を達成したのです。
そして、首都高、日本道路公団、国鉄、電電公社、キリンビール、サッポロビール、ホテル、学校など、塗装工事も多岐にわたってきたことから、事業部制を導入して、組織の強化と専門性を高めていきました。
1970年以降、日本経済が安定成長期に入ってからは、電力会社、超高層ビルなどの新築塗装を手掛けます。
転換期:1980年〜1995年
1980年から1995年は「転換期」と名付け、今後の新たな市場を見据えて、マンションリニューアル分野にいち早く着手。新築塗装から維持修繕塗装へシフトチェンジをしていくのです。
また、日本全国でインフラ整備が進んだことにより、高速道路・新幹線整備・空港建設工事にも参画。
1996年以降は、マンションリニューアル事業にさらに力を入れていき、さらなる事業成長を遂げました。バブル崩壊後の失われた〇〇年とも呼ばれる時期でも、リニューアル事業を主力に着実成長を続けてきたのです。
塗装業界でも指折り数えるほどの美しい事業成長曲線
2023年度、従業員848人で、年商634億円、純資産は213億円でした。
塗装工事においては、現場こそ「サービス」であり、そのサービスを通して、紹介・口コミが発生します。そして、おそらく「こんな現場、対応できないか?」と「頼まれごと」を受けて、新しい分野に挑戦していった歴史がうかがえます。
これは単なる「塗装」から「確かな塗装工事・その人材育成」へとコアコンピタンスが形成され続けていたからこそ実現できたものだと思います。
塗装業界でも指折り数えるほどの美しい事業成長曲線を描いている企業、それが「建装工業株式会社」なのです。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。